2009年11月21日 (土)

基礎研究は無駄か?

なにやら、どうやって選ばれたのかも分からない人達によって、どういう法的根拠に基づくにかもよくわからない「事業仕分け」が行われている。

科研費なども「見直し」の対象だそうだ。

また、スパコンやSpring8など、「社会の人々に成果が分かりにくい」ものは見直しの対象になるというのが、基本方針のようである。

そんなん言ってたら、オラの研究なんか、世間一般どころか、研究の世界でもよく分からんというか、自分でも何のためにやってるのか、他の人には「分かりにくい」「分からない」代物である。

最近の「分かりやすい研究」の代表例は、Y中センセーの iPS細胞の研究であろう。或いは再生医学。

しかしながら、これらの研究・成果は、遺伝子工学的手法がなければ、全くここまで辿り着けなかったものだ。

遺伝子工学的手法の確立につながる研究成果は、ワトソンとクリックによる(本当はもう一人いるけど)DNA二重らせん構造(とりわけ塩基対による相補的配列)の発見(発表は1953年)にまでさかのぼる。

50年以上も前のことだ。

このとき、彼らは将来この研究成果を医学に役立てようとして、研究を始めたかどうか、ということを考えてみればよい。

ほんとのところは、勿論分からないが、多分「否」であろう。

クリックは学究の徒であり、おそらく単に自分の「知的好奇心」をみたすためだけにやった。ワトソンは、どちらかというと「功名心」がモチベーションだったかもしれない。

果たして、こういうことが「仕分け人」達に理解できるだろうか?

多分、そんなこと思いも付かないであろう。

本来、基礎研究というのは、「競争」でもなければ「ビジネス」でもない。しかもやらなくても人間、死にはしないし、社会にとって必要不可欠のものでもない。実際、余裕のない所謂「後進国」では、ほとんどなされていないものだ。

我々基礎研究者の大多数を突き動かしているのは「自分の知的欲求」だと思う。

オラの分野でいうなら、「なんで、どのようにして、球形の受精卵から動物の複雑かつ巧妙な形ができあがってくるのか知りたい」、ただ、それだけである。何かの役に立てようとか、これで一儲けしようとか、考えてない。

今行われている「仕分け」は、あまりに近視眼的、ビジネス的であり過ぎる。しかも実際のところは財務省がシナリオ書いてる茶番という話も聞く。

最後に一言。

アホか

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